東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5608号 判決 1986年12月17日
主文
一 第五六〇八号事件につき原告の請求を棄却する。
二 第五九六四号事件につき原告らの請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を第五六〇八号事件原告、その余を第五九六四号事件原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
(第五六〇八号事件)
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につきなした東京法務局港出張所昭和六一年三月二〇日受付第九二八一号の昭和六〇年一〇月一七日相続による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
(第五九六四号事件)
一 請求の趣旨
1 被告は亡田中實の遺言執行者の地位を有しないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
(第五六〇八号事件)
一 請求原因
1 遺言者田中實は、昭和五八年三月二八日付自筆証書遺言により、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という。)を含む全遺産につき、(一)遺産は一切の相続を排除し、(二)全部を公共に寄与するとの遺言をした。
2 遺言者は、同年二月二八日付の自筆証書遺言により原告を遺言執行者に指定した。
3 遺言者は、昭和六〇年一〇月一七日死亡し、相続が開始し、被告らは共同相続人となった。
4 原告は、前記遺言書二通を東京家庭裁判所に提出し、遺言書検認の申立をし、昭和六一年四月二二日検認を了した。
5 原告は、昭和六一年四月二三日被告らに対し右遺言の遺言執行者に就職する旨通知した。
6 被告らは、被相続人の全遺産中の本件不動産につき、東京法務局港出張所昭和六一年三月二〇日受付第九二八一号の昭和六〇年一〇月一七日相続による所有権移転登記を経由した。
7 よって、原告は前記遺言を執行するため右登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は争う。
2 同2の事実は争う。
3 同3の事実は認める。
4 同4のうち検認手続がなされたことは認めるが、その余は争う。
5 同5の事実は認める。
6 同6の事実は認める。
7 同7は争う。原告は遺言執行者の地位を有しない。その理由は第五九六四号事件の主張のとおりである。
(第五九六四号事件)
一 請求原因
1 田中實は、昭和六〇年一〇月一七日死亡した。
2 原告らは、亡田中實の妹であり、いずれも同人の相続人である。
3 被告は、昭和六一年四月二二日東京家庭裁判所において、亡田中實の遺言書として、次の書面について検認を受け、同月二三日、亡田中實の遺言執行者として原告らに対し亡田中實の遺言執行事務を行う旨通知してきた。
「御願
貴殿に私の遺言の執行を委嘱致し度く存じますので、何卒よろしく御願申し上げます。
昭和五八年弐月弐八日
東京都港区麻布台一の四の九
田中 實
青森県西津軽郡鰺ケ沢町大字本町四〇の一
川野 亀次郎殿」
4 しかしながら、右書面は亡田中實から被告宛の単なる書簡にすぎず、遺言書ではないから、被告は遺言執行者ではない。かりに遺言書であるとしても、亡田中實の昭和五八年三月二八日付自筆証書遺言にいう「遺産は一切の相続を排除し」との記載は無意味であり、「全部を公共に寄与する」との記載は無効であるから、被告が執行すべき遺言は存せず、遺言執行者の地位にない。
よってその確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は認める。
4 同4は争う。
第三 証拠(省略)
理由
一 第五六〇八号事件について
1 請求原因3の事実、同4のうち検認手続がなされたこと、同5、6の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四、五号証の各一、甲第八号証の一ないし三、甲第九号証の一ないし五、原告本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる甲第四、五号証の各二によれば、遺言者は昭和五八年二月二八日付の自筆証書遺言により原告を遺言執行者に指定し、同年三月二八日付の自筆証書遺言により本件不動産を含む全遺産につき、(一)遺産は一切の相続を排除し、(二)全部を公共に寄与するとの遺言をしたことが認められる。被告は甲第四号証の二は単なる書簡であって遺言書ではないと主張するが、原告本人尋問の結果にてらし、採用し難く、また、成立に争いのない乙第一号証の三には藤田清雄を「遺言執行人と定めます」との記載があるが、右記載と甲第四号証の二の記載の差異をもって、遺言執行者の指定と解する妨げとなるものではない。
2 ところで、被告は「遺産は一切の相続を排除し」との記載は無意味であり、「全部を公共に寄与する」との記載は無効であると主張するので、この点について検討する。
なるほど遺言者の相続人は被告ら妹であるから、被告らは遺留分を有せず、したがって相続人の排除は無意味な記載といわざるをえない。次に「全部を公共に寄与する」との記載であるが、これは公共への「寄附行為」の意思か、公共への「包括遺贈」の意思かのいずれかと解される。公共への寄附行為とすれば、寄附者の死亡と財団法人の設立許可までの浮動的状態の間においては、相続人が将来の法人のための受託者たる資格において目的財産の形式的主体となり、これを保管し、遺言執行者があればこれを管理するものと解されるから、被告らの相続登記を否定することはできない。
また、公共への包括遺贈と解すれば「公共」とは何かが問題となるが、この場合には遺言者の死亡により「公共」へ所有権が移転するのであり、遺言執行者の介入を要せず「公共」が被告らに対し抹消に代る所有権移転登記を求めれば足りる。
そうすると、いずれにしても原告が被告らに対し本件不動産につきなされた被告らの相続登記の抹消を求めることはできないものといわざるをえない。
3 以上によれば原告の本訴請求は理由がないから棄却を免れない。
二 第五九六四号事件について
1 請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
2 被告が亡田中實の遺言執行者であることは前記認定説示のとおりであり、執行すべき遺言がないとはいえない。
3 以上によれば原告らの本訴請求は理由がないから棄却を免れない。
三 結び
よって、両事件の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
別紙
物件目録
(一) 東京都港区麻布台一丁目参四番壱
一 宅地 五七四・八〇平方メートル
被告原弘子の持分弐分の壱
被告達崎徳子の持分弐分の壱
(二) 東京都港区麻布台一丁目参四番地壱所在
家屋番号 同町九四番
一 木造瓦葺弐階建居宅
壱階 五九・五〇平方メートル
弐階 五五・参七平方メートル
被告原弘子の持分弐分の壱
被告達崎徳子の持分弐分の壱